「生きづらさ」の正体は社会の重力。他人と比べず楽に生きるための生存戦略
お金、学歴、見た目。世の中には、あたかも「正解」であるかのように振る舞う単純な価値観が溢れています。
リッチで、頭が良く、イケメンなのが最高。そうした「正解」は重力のように私たちを押さえつけます。
もし社会の価値観から抜け出すことができれば、ずっと生きやすくなるのではないでしょうか。
私は適応障害を患い働けなくなり、「正解の生き方」を演じることができなくなりました。
そんな自分を責めることも多かったですが、自分にとって心地よい価値観を持つようにしてからは生きるのがラクになりました。
人生に正解はありません。たとえ世間ではマイナスとされる条件を持っていたとしても、そこに良いも悪いもありません。
どこに価値を置くかは自分で決められます。自分に合った価値観を身につけることは、ラクに生きるための最強の戦略なのではないでしょうか。
「重力」に抗い続けることの限界

私たちは、世間から「マイナス」とされる要素を消し去るために、必死で努力を重ねます。
- 孤独にならないように、無理に人と交流する。
- 貧乏だと思われないように、身を粉にして働く。
- 見た目が衰えないように、お金をかけて整形する。
それはまるで、下向きに引っ張る「重力」に抗い続ける行為のようです。
しかし、重力に抗うための筋力には、いつか必ず限界が訪れます。
孤独になるのが嫌でも、人は基本的に孤独なものです。すべての体験を共有することはできず、死ぬときは一人で死んでいきます。
生きていれば稼いだお金は減っていきますし、見た目は老いていきます。
一般的に「良いもの」とされる状態を保つためには、無理な生き方をしなければいけないのでしょう。
無理をして頑張り、疲れ果ててしまうくらいなら、社会で正解とされる価値観を捨ててしまった方がいいのではないでしょうか。
マイナスを「武器」に転換する

世間が「悪いもの」と決めつけている要素も、自分なりの価値観というフィルターを通せば、まったく別の価値を持つようになります。
- 孤独を「静かな時間」へ:無理に群れるのをやめ、自分の内面と向き合う時間を得ることで、精神的な自立を得られます。
- 貧乏を「清貧」へ:持たないことを肯定すれば、消費のサイクルから抜け出し、本当に大切なものに時間を割けるようになります。
- 容姿のコンプレックスを「個性」へ:自分の特徴を受け入れることができれば、内面の成長の鍵になります。
欠点自体を失くそうとするのではなく、その欠点の中に「メリット」を見出し、肯定することができればラクに生きられると思います。
それは、マイナスをプラスに転換することであり、既存のルールに参加しないということです。
「正しさ」の方向性は、自分で決めていい

自分に不利な価値観は捨てていいと思います。
たとえマイナスとされる性質(貧乏、孤独など)を持っていたとしても、それ以外の面に価値を置けばいいと思います。
自分にとってのプラスの価値で、マイナスを補うようなイメージです。
- 貧乏であっても、学び続けている姿は美しい。
- 孤独であっても、軸のある生き方をしている自分はかっこいい。
- 周囲からどう見られようと、自分の道を選んで生きる姿勢は勇敢だ。
このように自分を肯定する価値観を持つことができれば、むやみに自分を責めなくてすむと思います。
私自身、それができているか分かりませんが、「自分にとって心地良い価値観」を持つように心がけています。
過度に自分を責めず、生きやすい考えを持ってもいいと思います。
さいごに:自分の価値観を、武器にする
社会の価値観に染め上げられてしまうのは、自分の価値観を持っていないからではないでしょうか。
私の場合、本を読んだり、一人の時間を過ごすことで生きやすい価値観を持つことができたような気がします。
自分を肯定してくれる価値観を取り入れていくことで人生はラクになります。
そうして出来上がった「独自の思想」は、荒波の中で自分を守る最強の武器になります。
「世間の正解は無視していいと思える自分」に変わること。それは諦めではなく、自分の人生の主導権を、世間から自分自身の手へと取り戻すプロセスなのかもしれません。
